富士山の麓、富士宮市に位置する富士高砂酒造。江戸時代末期から続く老舗蔵元は、富士山の伏流水と能登杜氏の伝統技術により、多くの人を魅了する日本酒を造り続けてきました。
酒蔵見学も可能で、富士山世界遺産構成資産の富士山本宮浅間大社にも近く、観光客からも人気を集める蔵元。そんな富士高砂酒造の蔵元見学で、こだわりの酒造りと美味しさの秘密を探ってきましたのでご紹介します。
富士山の恵みと能登杜氏伝承の技術による酒造り
富士高砂酒造は、1830年(天保元年)に、この地に蔵を構えてから、能登流を継承し、富士山の伏流水で酒造りを続けています。
敷地内にある井戸から湧き出す富士山の伏流水は、玄武岩層でろ過された清らかな軟水で、この伏流水を使うことで、富士高砂酒造の口当たりの優しい、ほのかに甘く感じる酒質が生まれるそうです。
しかし、この霊峰富士の伏流水は発酵力の弱い超軟水。この水を使って酒を造ることは技術的に大変難しいそう。そんな水を使った酒造りを可能にしているのが後述する能登杜氏(のととうじ)より伝承されてきた技術だと、職人さんに伺いました。
長い年月をかけて自然が育んだ富士山の伏流水は、まさに「富士山の恵み」。
ここだけにしか作れない酒。そんな酒を醸造しているのが富士高砂酒造なのです。
職人の研ぎ澄まされた感性が光る酒造り
店舗の横、奥の方に佇む白壁の酒蔵。職人さんに案内され、蔵の中に入るとそこは少しひんやりとした落ち着いた静かな空間でした。
壁には酒造りの行程が、分かりやすくイラストで描かれています。どの工程も経験に培われた職人の勘が必要になるそう。例えば、精米のあとの洗米は、一見簡単そうに見える工程ですが、 実はここにも酒造りの真髄が詰まっていました。
お米は水に触れると、徐々に水分を吸収していきます。 その給水状態を見極めながら、絶妙のタイミングで水を切ります。 このタイミングを逃すと、お米が必要以上の水分を含んでしまい、その時点で理想的な日本酒を造ることができなくなってしまうそうです。
お米を洗う行程から、職人の経験に培われた勘が問われるのですね。
機械化が進んだ現代でも、富士高砂酒造では、職人の感覚を大切に酒造りをしており、それこそが多くのファンの心を掴む酒を造り出しているのです。
伝統の仕込みが生み出す深い味わい 山廃造り
富士高砂酒造の醸造について説明する前に、ここで日本酒の伝統的な酒造りにおける代表的な三つの製法について簡単にご紹介。
1 速醸(そくじょう)造り
乳酸を直接添加することで醸造期間を短縮する現代的な製法です。約2週間で醸造することができ、端麗ですっきり整った味わいを実現します。端麗辛口のお酒は、この速醸造りによるものが多いそうです。
2 山廃(やまはい)造り
蔵に自生する乳酸菌を利用して仕込む技術で、長時間かけて酒母を育てるのが特徴です。じっくりと仕込むことで、蔵独自の風味が形成され、また米の旨味が最大限に活かされるようです。※山廃造りは、生酛(きもと)作りから「山卸し」工程を省略した製法です。
現在では、日本酒の95%が速醸造りといわれているなか、富士高砂酒造では、山廃造りによる酒造りをしており、蔵に棲みついている乳酸菌や微生物がいろいろな成分を醸す力を、職人が制御して、豊かな旨味のある酒を造っているそうです。
伝統的な日本酒造り継承の難しさ
酒造りは米を収穫したあと、10月から4月にかけて行います。そのため、かつて職人は単身赴任で北陸から、各地に赴き酒造りに従事していたそうです。
現在は、通年、蔵元のある地に在住するのが一般的になりましたが、酒造りのスタートは朝の5時と早く、真冬に早起き必須のこの仕事は若い人には敬遠されがちで、杜氏の後継者が育っていないという問題があるそうです。
職人が一人前になるには早くて5~6年、一般的には10年かかるとのこと。
「酒を造るのは酵母。酵母の働きをいかに制御するか。職人はその土地の気候とお米を使って酒を造っていく。そこが職人技。」と案内してくださった職人さんは語ります。
また、近年は温暖化によりお米が発酵しにくくなっているそうです。発酵には朝の気温と日中の気温の温度差が必要なのですが、温暖化により、酒かすが多くできてしまい、お酒となる割合が少なくなっていて、近年はお酒の出荷率が減少しているとのこと。
お米も育ちにくくなっている中、温暖化に適応したお米の品種改良がされているものの、お酒用のお米の改良まではまだ至っていないそうです。日本酒造りを取り巻く環境の厳しさを知り、日本酒造りが世代を超えて紡がれていることの価値を実感しました。
蔵元でできたての酒をテイスティング
富士山の伏流水と、米、蔵に住まう乳酸菌や微生物などを、伝承された技術を持つ職人が、研ぎ澄まされた感覚で絶妙に制御することで、造り出される伝統的な酒造り。その価値と希少性を実感したあと、ショップにてテイスティングにチャレンジ。
今回は職人さんに説明していただいた、山廃仕込みの山廃純米辛口と、山廃純米吟醸の2種類の日本酒を選択しました。
山廃純米辛口では、日本酒コンテストで世界的にも最も有名なinternational wine challengeの日本酒部門おいて、 3度の金賞と、2度のリージョナルトロフィーを受賞した銘酒です。
「山廃 純米吟醸 辛口」は、キリッとした辛口でありながら、山廃特有の深い旨味と程よい酸味が調和した、切れ味の良い味わい。食事と一緒に楽しみたいと感じました。
「山廃純米吟醸 山田錦」はフルーティな香りで、山田錦の豊かな旨味と、山廃造りによる複雑な味わいが見事に調和。優しい甘みと奥行きのある味わいでした。
もう一種類は、富士宮市の井出牧場〔いでぼく〕がつくるヨーグルトをブレンドした高砂ヨーグルト酒をテイスティング。この商品は、ヨーグルトにもこだわり日本酒専用につくられた3種類の乳牛によるハイブリット型ヨーグルト、濃厚に思える見た目ですが、すっきりと日本酒の余韻を感じる逸品でした。
ほかにも、これまでの日本酒の概念を覆すような新感覚のお酒もたくさん販売されており、日本酒をあまり飲んだことがない方もおしゃれに美味しく楽しめそうです。
まとめ
富士山の伏流水と、長きにわたり磨かれてきた伝統技術。富士高砂酒造は、自然の恵みと人間の知恵が紡ぐ、唯一無二の日本酒を生み出し続けています。
地球温暖化や後継者不足など、酒造りを取り巻く状況を知り、美味しい日本酒が飲めることが当たり前ではないことを知りました。
伝統を守り継承しつつ、革新を追求する富士高砂酒造の酒蔵見学にぜひお出かけください。
【富士高砂酒造】
住所:〒418-0055 静岡県富士宮市宝町9-25
電話:0544-27-2008
営業時間:(平日)9時~17時 (土日祝)10時~17時30分
定休:1月1日、1月2日
駐車場:自家用車5台、大型バス2台、マイクロバス2台
酒蔵見学:無料、但し要予約 TEL:0544-27-2008
所要時間 約45分(10:30~15:30の間で相談)
富士高砂酒造HP:https://fuji-takasago.com/